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人殺しの闊歩する日常 : ヒーロー物語の視点から

 たとえ相手が悪人でも、人殺しが街を歩いていたら座りが悪いのではないか?
 …的なテキストをTLで昨日見てから、ずっと頭に残っていたんだけど…

 傷痍軍人会解散のニュースを見ながらボンヤリ思った。
 思えば、「合法的に人を殺した人」が、それなりに街を闊歩してたよね、在りし日の日本社会でも。

 それは、年月に風化されつつあっても、僕らと地続きの「日本」ではある。

 日本に限らなくとも「ランボー」とかね。最近でも、血みどろの内戦から嘘の様に日常が戻った地域なんて、いくらでもある。
 勿論、何らかの切欠で再び暴発しかねない蟠りを抱えた上での、表面上の安寧なんだろうけど…

 そういう社会の居心地とは、どういうものなのか?
 残念ながら、僕も含めて2013を生きる日本人には、根本からの理解は出来ない気もする。

 だけど、出来ないにしても、想像の翼を駆使して描かねばならないよね、クリエーターは。
 人殺しが近い日常とは、どんなものか。
 少なくとも、そういう世界を描くのなら、ベタな日本人としての倫理道徳感性をそのまま適用させるような真似は、してはなけないと思う。
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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

  1. 2013/10/07(月) 15:51:03|
  2. 創作検討
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男の裸体には欲情しない立場から、Freeを振り返ってみる。

 Freeを観終わって、僕の頭に浮かんできたのは、けいおんだった。
 コンペティションを一切拒否した話と、記録的成果に価値を求めた話。
 同じ部活モノのテーブルで比べてみると、やっぱりFreeは古臭い印象を受ける。
 コンペでの勝利という客観的な目標を掲げる話とは、やはり前時代にやり尽くされたプロットなのだな、と痛感させられた。

 日常系(価値を他者とのコンペに置かない)というメソッドの新時代性を、今更ながらFreeが浮き彫りにさせてくれた。21世紀初頭を席巻した「日常系」という方法論は、見比べてみると、やはり異質な何かだったのだな、と改めて思う。

 全体の形式から離れて、キャラクタの観点から観ると、やはりけいおんとの対比が面白い。
 出来上がったコミュニティへの異分子という意味では、メガネバッタ君に紬、あるいは梓が比される。
 オンエア途中から、もしけいおんで、紬や梓が劇中の異分子として話の流れに関わっていたら(梓に関しては、一時期ノイズとして話を掻き乱しかけたけれど、結局それは主題には昇格しなかった)…という視線でFreeを観ていたのだけれど、やっぱり、やんないで正解だったな、と思ったのが正直なところ。
 滲みったれた現実の柵から解き放たれたファンタジーだったからこそ、けいおんは輝いていたのだな、と実感した。

 と、故きを温ね新しきを知る、とは逆の、新しきを温ね故きを知る結果となった、僕のFree体験なのだけれど…おそらく商売的には成功するみたいだから、こういう、作劇的には参考に成らない話が二期以降も続いていくんだろうね。
 これに懲りた僕みたいな人は、観なければいいだけの話なんだろうけど。

テーマ:Free! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/09/26(木) 19:59:57|
  2. アニメ考察
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やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 総括。

 拍子抜け、というか、報われない話だなぁ…と嘆息。
 おちゃらけた最終回には落胆させられた。
 せめて中原姉と雪の下さんの関係に一応の結論を着けてくれないと、何のために視聴者は胸糞悪いストレスを甘受し続けたのか、意味が分からないよ。

 しかし…物語の語り部側の視点に、全く以て思い入れを重ねられない作品だと、諦めで他の要素を俯瞰して観るぐらいしか視聴態度を採れないんだけど…無理だな、これは。
 ヒキガヤ君に惹かれるものが無いと、面白さが何も産まれない。

 それだけコアで、限定された部分をピンポイントに描いて、作品を成立させている所は賞賛に値するのだろうけど、僕的には余り得るものはなかった。

 この作品が、ぼっち系の極北となるのか、マイルストーンとなるのか、で、僕の深夜アニメに対するスタンスも変わってしまいそうな気がする。

テーマ:やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/06/28(金) 11:25:31|
  2. アニメ考察
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男子校には構造的な欠陥が在る。

某所で見かけた、「男子校でクラスに馴染めなかったから、共学高では更に馴染めないんじゃないか」という意見に対する反論として記します。


 男子校の構造的欠陥とは、同性ばかりでクラスという閉鎖コミュニティを作った場合、異性への関心に向けられていたエネルギーが行き場を失い、弱者への攻撃性へと簡単に転換される、という避けがたい難点を抱えているからです。

 異性混在のコミュニティでは、異性への歓心を買おうとして、クラスに付かず離れずの空気が支配します。エネルギーの有り余っている者は、そちらの関心に気を取られ、クラス内ヒエラルキー下位の者には、あまり興味を抱かない。
 異性からの承認を得られることで、優越感ゲームの悦びを満たせるから。

 そういうゲームに参加しない、出来ない者からしても、自分に無関心で居てくれることは、何物にも替え難い自由でもあるワケです。

 しかし、これが同性同士、つまり同質性が更に高まる状態になると、どうなるか?
有り余ったエネルギーは、同質性に馴染めない者の排除へと向かいます。異分子を排除することで共感を得ようとする本能が、陰惨な虐めを生む。

 男子校、という奴は今直ぐ撤廃するか、或いは「学級」という閉鎖コミュニティを緩め、大学並みの自由選択制にするか。
 こうでもしないと男子校の悪腫は除けないと思うのです。
  1. 2013/06/17(月) 22:32:20|
  2. 未分類
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ジェネレイターガウル:物語的観点から

 ちょっと確認したいことがあって、見始めたジェネレイターガウル、二日かけて一気に視聴完走。
 久々に全部観返せたけど、やっぱり素晴らしい。

 作品の有り様を決定づけるものとして、その作品世界に於ける「愛」の価値とは如何に在るか?という観点で見た場合、この作品は「親子愛」という普遍的、かつ難しいテーマが深層を貫いていて、観ていて気持ちがいい。

 そもそも学園を舞台にした場合、性欲に直結する男女の恋愛を描かない物語には、非常に嘘臭さが漂ってしまうものだけれど、この作品は設定に拠って、その青臭い感情を回避してる辺りが非常に巧み。

 ワンクールものならば、こういう芯が通った作劇の作品を観たい。

テーマ:アニメ・感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/04/28(日) 21:31:46|
  2. アニメ考察
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