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SAOに思う、ネトゲ民の救われない性とリアリティ。

 また嫌な目に遭った。
 愉しもうとログインしたのに、どうして不快な思いをしなくてはならないのか?
 ほとほと愛想が尽きそうになる。

 MMOとスタンドアローンとの決定的な違いは、社会性の存在と断言出来る。
 拠って、そこに存在するモラリティはプレーヤー各自の良識に任せられ、現実と変わらない相互関係を強いられるワケだが…
 非常に測りがたい「他人との距離」が、ゲームでは更に難易度が高い。基本的に同じゲーム好きが集まっているのだから気が合うはず、とか、そんな単純なモノではない。ゲームに対するアプローチ、他人との関わり方、それはいずれもプレーヤーによって千差万別で、しかも現実より更に情報を掴みがたいのだ。アバターだけでは表情すら掴めない。
 だから、何気ない言葉で傷ついたり、勘違いしたり…そんなことは日常茶飯事とも言える。
 私がSAOを高く評価しているのは、その辺りの点だ。
 SAOの美点、それはMMOのプレイヤーモニターとして非常によく出来ていたこと。ゲームクリアという大目標がありながらも、各自は各自の思いを以てバラバラに行動している様が非常にリアルに感じられた。これはおそらくMMOにどっぷりハマった経験のあるプレイヤーであればあるほど、「なるほどな」という思いを強くしたのではなかろうか。

 同時に、MMOのアバターでは成し得ない表現、つまりアバター同士以上のコミュニケーションを果たせているところも、プレイヤーの視点に立てば「羨ましい」と好感を以て受け容れられたと思われる。無機質なアバターでは成し得ない感情の交歓は、プレーヤーが渇望する要素の一つだろう。

 リアリティという面では、強引すぎると賛否両論だったデス・ゲームシステムも、ログインログアウトがフリーになった二期から見ると、結果的に良かった。
 物語作り、という面では、やはり閉鎖空間の方が話を組み立てやすいのは確か。多少のご都合主義とて、話を面白くできれば方便と済ませていい。
 むしろ、リアル世界との関わり、という意味で、今のところ2クールは1クールほど愉しめていない。AWでも思ったのだが、この作者は悪役作りが下手だ。視聴者に対するストレスの与え方が稚拙、というか。

 話を1クール目に戻すと…
 MMOの光景を映したエピソードの中でも白眉と言えるのは、廃人プレイヤーでありながらキリトが仲間と馴染もうとしなかった辺りか。
 決して人との交わりを拒絶はしないのだが、積極的に自分から交わろうとせず、仮想空間でもソロプレーヤーとして過ごしている。
 表面上は取り繕った関係を交わしていても、中には自分を狩りで利用する駒程度にしか思ってない、という本心が透けて見えるヤツも居たり。そんな疑心暗鬼や腹の探り合いに疲れて、自分から交わりを持ち掛けようとする気持ちが失われてしまう。そんなセンシティヴな心の動きに思い入れできて、SAOの序盤は、ある意味、時代の空気を読んでるな、と感心させられた。これからもSAO亜流のネットゲームを扱った作品が次々産まれるかもしれないが、同じ形式ではSAOをなかなか越えられないのではないと思う。(日常系的なアプローチなら可能かも?或いは恋愛系とか?)
 だからこそ「強くてニューゲーム」の安易さばかりが目立つ2クール目が残念でならないのだけれど…

 結局私は、溜息を吐きながらも、夜になればログインするだろう。
 楽しいことばかりじゃない。なのにまた仮想世界へ戻っていく。
 たぶん、そんな業の深いネトゲ民には、戦友の想いを寄せることが出来たんじゃないんだろうか、SAOという作品には。
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テーマ:ソードアート・オンライン - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2012/11/15(木) 18:48:03|
  2. アニメ考察
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  4. | コメント:0
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