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人殺しの闊歩する日常 : ヒーロー物語の視点から

 たとえ相手が悪人でも、人殺しが街を歩いていたら座りが悪いのではないか?
 …的なテキストをTLで昨日見てから、ずっと頭に残っていたんだけど…

 傷痍軍人会解散のニュースを見ながらボンヤリ思った。
 思えば、「合法的に人を殺した人」が、それなりに街を闊歩してたよね、在りし日の日本社会でも。

 それは、年月に風化されつつあっても、僕らと地続きの「日本」ではある。

 日本に限らなくとも「ランボー」とかね。最近でも、血みどろの内戦から嘘の様に日常が戻った地域なんて、いくらでもある。
 勿論、何らかの切欠で再び暴発しかねない蟠りを抱えた上での、表面上の安寧なんだろうけど…

 そういう社会の居心地とは、どういうものなのか?
 残念ながら、僕も含めて2013を生きる日本人には、根本からの理解は出来ない気もする。

 だけど、出来ないにしても、想像の翼を駆使して描かねばならないよね、クリエーターは。
 人殺しが近い日常とは、どんなものか。
 少なくとも、そういう世界を描くのなら、ベタな日本人としての倫理道徳感性をそのまま適用させるような真似は、してはなけないと思う。
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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

  1. 2013/10/07(月) 15:51:03|
  2. 創作検討
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